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    <title>「博多町家」ふるさと館　館長だより</title>
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    <title>音二郎貞奴サミット</title>
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    <published>2010-04-01T01:16:11Z</published>
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    <summary>川上音二郎と妻貞奴のサミットをやろうという話がもちあがりました。 今年音さんの１...</summary>
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        <![CDATA[<p>川上音二郎と妻貞奴のサミットをやろうという話がもちあがりました。</p>
<p>今年音さんの１０００回忌に博多座市民檜舞台で「川上音二郎貞奴物語」を上演することがきまっているのですが、来年２０１１年が貞奴生誕１４０年ということで、どこかゆかりの地でサミットをやってはどうかということになっているんです。</p>
<p>一昨年の１１月、当館では３年連続企画として「波乱万丈川上音二郎展」第１回を開催いたしました。そこへ、神奈川県茅ケ崎市から突然の来訪がありました。茅ケ崎市美術館館長の小川氏でした。驚いたことに美術館の敷地が川上邸だったというのです。名義が貞奴だったことから興味を持たれ、２０１１年に貞奴展開催を企画されたのです。それで当館を訪問されたのですが、今年３月には岐阜県各務原市鵜沼には貞奴の別荘萬松園と、菩提寺貞照寺があります。そこでやはり貞奴生誕１４０周年にちなんで、こちらは市民オペラを企画されているのでした。</p>
<p>茅ケ崎の邸宅は伊藤博文が萬松園と名付けたそうです。各務原市の別荘は音さんの死後つくられたのですが、貞奴は名前をそのまま使い続けてくれたのでした。藤本さんは川上一座が日本やアメリカ、ヨーロッパを列車で移動巡演したことも体感しようと、岐阜から博多まで鈍行列車１８時間の旅でおみえになったということです。</p>
<p>藤本さんと情報交換するうちに、サミットの話しになったのです。</p>
<p>ようやく音さんが一〇〇年ぶりに本格再起動しました。ぜひご期待下さい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>● 長谷川法世 ●</p>
<p>漫画家。『博多っ子純情』やNHK朝ドラ「走らんか！」で全国に博多ブームを巻き起こした。平成１５年より、「博多町家」ふるさと館館長。</p>]]>
        
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    <title>博多仁和加ばつくりまっしょう！</title>
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    <published>2010-02-01T00:40:04Z</published>
    <updated>2010-08-21T01:15:08Z</updated>

    <summary>博多仁和加振興会の会長になりました。博多仁和加はかつらをかぶり半面をつけて、風刺...</summary>
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        <![CDATA[<p>博多仁和加振興会の会長になりました。博多仁和加はかつらをかぶり半面をつけて、風刺を利かせた落ちをつける即興芸です。ひと口仁和加、かけあい仁和加、段ものとよばれる芝居仕立ての仁和加があります。</p>
<p>ひと口仁和加の一番簡単なものはこんなぐあいです。</p>
<p>「和尚様、本堂の畳がそでとりますばい」</p>
<p>「なんまいだあ」</p>
<p>そでとる、というのは、傷んでいるという意味の博多弁。なんまいだは、南無阿弥陀仏と何枚だの掛言葉です。笑ったひとは仁和加の才能がありますよ。ぜひご自分で創ってみてください。</p>
<p>博多弁では子供のころから大人たちの仁和加を聞いて育ちます。宴会や直会、日常会話でも博多の人はまともに話しません。必ずといっていいほど仁和加式に落としてしまいます。</p>
<p>「政権交代したっちゃ不景気でどうもこうもならんばい。良かアイデアはござっせんな」</p>
<p>「ああた、今年は人の真似やらせんで、自分の思うごとせにゃあならんとですばい」</p>
<p>「どうしてですな？」</p>
<p>「考えてんなざっせ。今年はオリジナリティーば尊重して誰のアイデアにも、真似せん自由年（二〇一〇年）でっしょうが」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>● 長谷川法世 ●</p>
<p>漫画家。『博多っ子純情』やNHK朝ドラ「走らんか！」で全国に博多ブームを巻き起こした。平成１５年より、「博多町家」ふるさと館館長。</p>]]>
        
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    <title>ルース米大使　川上音二郎に！</title>
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    <published>2009-12-01T00:26:10Z</published>
    <updated>2010-08-21T06:30:40Z</updated>

    <summary>１１月１８日来館されたジョン・ルース駐日米国大使がなんと川上音二郎になられたんで...</summary>
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        <![CDATA[<p>１１月１８日来館されたジョン・ルース駐日米国大使がなんと川上音二郎になられたんです。展示棟入り口に音さんの切り抜きパネルを置いているんですが、夫人のすすめで顔を入れられ、破顔一笑の写真撮影でした。</p>
<p>朝９時半大使ご夫妻はキャリントン在福岡米首席領事、吉田市長さんらとふるさと館を訪問されました。展示棟の松囃子のジオラマや山笠の映像、自由民権期の音二郎企画展や伝承工房での博多人形制作実演、町家棟での博多織制作実演、博多独楽の伝統芸を堪能されました。</p>
<p>音さんのオッペケペーはラップの元祖だといって歌いましたら、皆さん笑いながらなっとくのご様子でした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>● 長谷川法世 ●</p>
<p>漫画家。『博多っ子純情』やNHK朝ドラ「走らんか！」で全国に博多ブームを巻き起こした。平成１５年より、「博多町家」ふるさと館館長。</p>]]>
        
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    <title>音さんの宅地建物寄進碑。</title>
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    <published>2009-10-01T08:51:35Z</published>
    <updated>2010-08-18T09:14:19Z</updated>

    <summary>「秋の夕暮れは寂しいなあ」とは、博多生まれの風雲児川上音二郎さんの最後の言葉です...</summary>
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        <![CDATA[<p>「秋の夕暮れは寂しいなあ」とは、博多生まれの風雲児川上音二郎さんの最後の言葉です。場所は自らが建てた大阪の帝国座の舞台。妻の貞奴や座員たちに見守られての終焉でした。４８歳。命日は１９１１年１１月１１日。誕生日も元治元年１月１日という１並びは、音さんの際立った人生を象徴しているようです。</p>
<p>ふるさと館の前の櫛田神社には音さんと貞奴夫婦の宅地建物寄進の石碑があります。日付は明治４４年９月。建物は音さんが博多に帰ったときに宿泊するため建てた二階建てで、一階を貸して家賃を櫛田さんに納めるというものでした。</p>
<p>明治４４年は音さんの最晩年です。実は音さんは腹膜炎の持病を抱えていました。１８９８年一座を率いてサンフランシスコに上陸。シアトル・シカゴとハードな公演旅行のうち、ボストンで盲腸炎をこじらせ腹膜炎の大手術。その後の大活躍の間も再発を繰り返し命取りになったのです。公開直前だったイプセン作「人民の敵」の練習中でした。公害に立ち向かう主人公の姿は民権家音二郎に重なります。</p>
<p>今年も１１月１１日承天寺での音二郎忌が近づいてきました。今年はことのほか秋は早く、櫛田の銀杏が金色に輝くのもすぐでしょう。もしかしたら音さんはふるさと博多の夕日に染まる櫛田の銀杏に思いを馳せていたのかもしれません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>● 長谷川法世 ●</p>
<p>漫画家。博多っ子純情やNHK朝ドラ「走らんか！」で全国に博多ブームを巻き起こした。平成十五年より、「博多町屋」ふるさと館館長。</p>]]>
        
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    <title>放生会の幕出し</title>
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    <published>2009-08-01T08:11:45Z</published>
    <updated>2010-08-18T08:27:30Z</updated>

    <summary>千代のナーエー 千代の松原　月さへおぼろ 名島ナーエー名島名どころ エー　波の上...</summary>
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        <![CDATA[<p><em>千代のナーエー</em></p>
<p><em>千代の松原　月さへおぼろ</em></p>
<p><em>名島ナーエー名島名どころ</em></p>
<p><em>エー　波の上にナー</em></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>上は「博多長持ち歌」です。秋の筥崎宮放生会では、昔博多からの「幕出し」が盛んでした。幕出しは松原に幔幕を張りめぐらせ、中で三味や太鼓の宴会を楽しむ行楽。宴会道具や幕をつめた長持ちを担いで博多町屋から繰り出し、道中で唄われたのが長持ち唄です。</p>
<p>幕出しに欠かせないのは放生会着物。山笠で裏働きしてくれた嫁さんへの亭主からのプレゼントです。それを自慢しあうのが女性たちの楽しみでした。「博多町屋」ふるさと館ではそのころの野宴用の重箱や酒盃セットなどを展示しています。この幕出しも松林がなくなった大正末に途絶え、遠い昔の記憶になっていました。</p>
<p>博多町人文化連盟は博多の文化を発掘継承する集まりで、幕出しを昭和48年に復活。以来９月１４日に筥崎宮一の鳥居と二の鳥居のあいだで幕出し道中を再現し、松林がないので清明殿の座敷に幕を張って室内宴会を楽しんでいます。</p>
<p>それにしても、昔は風呂桶まで運んで一日遊び暮らしたといいます。のんびりした時代だったんですねえ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>● 長谷川法世 ●</p>
<p>漫画家。博多っ子純情やNHK朝ドラ「走らんか！」で全国に博多ブームを巻き起こした。平成十五年より、「博多町屋」ふるさと館館長。</p>]]>
        
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    <title>マチのお祭り 博多祇園山笠</title>
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    <published>2009-06-01T07:03:04Z</published>
    <updated>2010-08-18T08:42:43Z</updated>

    <summary>七月の博多はなんといっても「博多祇園山笠」です。七月一日から十五日早朝まで、博多...</summary>
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        <name>「博多町家」ふるさと館</name>
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        <![CDATA[<p>七月の博多はなんといっても「博多祇園山笠」です。七月一日から十五日早朝まで、博多の町は山笠一色に染まります。</p>
<p>祇園祭はもともと平安京で一〇〇〇年前に始まった疫病退散のお祭りですが、博多では七六八年前の仁治二年（一二四一年）、承天寺の聖一国師さんが施餓鬼棚に乗り博多の町々を清めて廻られたのが起源です。疫病退散はマチのお祭りの特色ですし、開催も疫病の発生する梅雨時になるわけです。</p>
<p>中世にできた「マチ」は、「ムラ」や「ウラ」と違って家屋が密集し赤痢や天然痘やインフルエンザなどの疫病が発生しました。中世ヨーロッパでのペストやコレラと同じです。</p>
<p>平安京では検非違使が道路や下水衛生の管理を厳しく取り締まりました。博多でも「流（ながれ）」という住民組織が、税金の徴収や道路、側溝、衛生管理など流れ単位でまかされていたのです。そして、祇園山笠をはじめ松囃子などのお祭りも流ごとにおこなわれました。これはいまでも変わることがありません。</p>
<p>当館では山笠にちなんだ企画展示を開催中です。博多山笠とあわせてどうぞ町屋日和をお楽しみください。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>● 長谷川法世 ●</p>
<p>漫画家。博多っ子純情やNHK朝ドラ「走らんか！」で全国に博多ブームを巻き起こした。平成十五年より、「博多町屋」ふるさと館館長。</p>]]>
        
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    <title>ごあいさつ</title>
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    <published>2009-03-26T14:31:00Z</published>
    <updated>2009-04-14T10:26:31Z</updated>

    <summary>「博多町家」ふるさと館のHPへようこそ。　福岡市の文化財博多町家旧三浦邸は、小学...</summary>
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        <![CDATA[<p>「博多町家」ふるさと館のHPへようこそ。</p><p>　福岡市の文化財博多町家旧三浦邸は、小学校の同級生三浦さんの家でした。<br />三浦さんは夏休みの研究に海草の収集を発表して表彰されたこともある優等生でした。<br />クラスの何人かで遊びに行って、たくさんの標本を見せてもらったり、<br />作り方を教えてもらったりしたのを今でも覚えています。<br />彼女の勉強部屋は、表側の「つし」と呼ばれる屋根裏の２階でした。<br />大きな材木を使ってあるのでびっくりしました。<br />昭和３０年頃の話で、それから５０年たって、私が館長をさせてもらっているのも感慨深いことです。<br />
その後三浦さんの家は老朽化が進んで建て替えることになりました。<br />そのとき保存の機運が起こって、博多総鎮守櫛田神社のまん前という絶好の場所に<br />移築保存されることになったのでした。<br /><br />
　現在の博多の町は、天正１５年（１５８７）の太閤町割の姿をほとんどそのまま残しています。<br />家々は大家を除いては瓦葺ではなく板葺でしたが、火事が多いため次第に瓦屋根が普及しました。<br />江戸時代まではつしのある平屋ばかりでしたが、明治になって棟をかさ上げして<br />２階の座敷がつくられ、つづいて総二階建築ができるようになりました。<br />旧三浦邸は総二階建てができる以前の形で、１階とつしは江戸時代の姿、<br />奥の２階座敷が明治期の形です。<br />京都と同じように間口が狭く奥に長いうなぎの寝床のような敷地に母屋と中庭、<br />離れや蔵のあるのが基本形です。<br />屋内に表から奥まで通り庭とよばれる通路があり、家々はぴったりくっついて軒を並べていました。<br />通り庭は隣家とのプライバシーを保つため家の同じ側につくられました。<br />旧三浦邸はもと博多織元が建築した家で博多織の工房もつくられたため、<br />まん中に通り庭が設けられています。<br /><br />
　明治中期に建てられたこの町家にちなんで、<br />展示棟では明治・大正・昭和の博多町人の暮らしの歴史が楽しくご覧いただけるようになっています。<br />また、博多伝統工芸士さんたちの製作実演や体験指導も毎日おこなっています。<br />ぜひお越しになって博多町人の歴史と文化に親しんでください。<br />お待ちしています。<br /><br /></p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://www.hakatamachiya.com/cms/column/assets_c/2009/04/kantyou-thumb-200x266-37.jpg"><img alt="kantyou.JPGのサムネール画像" src="http://www.hakatamachiya.com/cms/column/assets_c/2009/04/kantyou-thumb-200x266-37-thumb-200x266-40.jpg" class="mt-image-center" style="margin: 0pt auto 20px; text-align: center; display: block;" height="266" width="200" /></a></span><div align="right">館長　長谷川法世<br /></div><p><br />
</p>]]>
        
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