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~博多と福岡~

2010年6月 1日 15:43

西大橋.jpgのサムネール画像

二代目博多駅.jpg 

博多という地名がいつ頃から言われたのかは定かではないが、はじめて文献に登場するのは奈良時代の天平宝字三年(七五九年)のこと。

日本初期に続く正史である『続日本書紀』に「博多大津」としるされている。
当時、博多は大宰府の外港として機能しており、大宰府の役人が朝廷に対して防備の船が足りないことや、人民が租税に苦しんでいることなどを報告している。当時の「博多大津」は、博多湾全体をさして呼ばれていたようだ。


博多は、元寇や戦国時代の戦乱で幾度も焼土と化したが、その都度復興した。

今日の博多の礎を作ったの豊臣秀吉である。流という町人自治のシステムを作り、都市計画(町割り)を実施し博多繁栄の基盤ができた。徳川家康の天下統一後、黒田長政が筑前国主となり城を築く。

黒田家の出身地(備前国福岡)にちなみ、城下は「福岡」と名付けられた。ここに、那珂川をはさんで東が町人の町「博多」と、西が武士の町「福岡」という異なった文化をもつ双子都市が誕生するのである。


明治になって市名は「福岡」となったが、鉄道の駅は「博多」。福岡・博多が混在する街に遠来の人は混乱する。博多人形に博多織、博多にわかや博多ラーメンなど、博多を冠した名称はかぞえあげたらきりがない。博多は、広義には福岡市の愛すべきもう一つの名前として親しまれている。


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